頼もしい二人
そもそも、世宗は自分の息子たちを重用した。子をかわいがる気持ちもあったが、それよりは臣下たちを牽制する目的が大きかった。
朝鮮王朝の建国初期から、王と臣下たちは常にお互いを牽制し合っていた。
王宮に一人孤立している王は、間違えると臣下に振り回される恐れがあった。
それをよく知っていた世宗は、王の兄弟たちが力を合わせて王を助け、王室を守ってくれることを望んでいた。
世宗が息子たちを重用することによって、彼らは無視できない政治的な力を持つようになった。
特に二男の首陽大君と三男の安平大君(アンピョンデグン/1418年生まれ)がもっとも頼もしかった。
世宗はいつも首陽大君と安平大君に同じ仕事をさせた。
天文観測やお経の翻訳、世宗の陵の場所を決めることなど、国家の重要事業を二人が一緒に管理するようにした。
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首陽大君(スヤンデグン)は甥から王位を奪って世祖(セジョ)になった!
世宗(セジョン)の願いをふみにじった世祖(セジョ)の王位強奪!
首陽大君(スヤンデグン)は強い野心で世祖(セジョ)になった!