世祖(セジョ)と「死六臣」の対決/朝鮮王朝歴史全集3

端宗の復位運動

形の上で端宗は上王に祭り上げられましたが、実権はなきに等しい状態でした。こうして首陽大君は念願の王になって、7代王・世祖(セジョ)となります。
王になった世祖が真っ先にやったことは、自分の即位に貢献した側近たちを政権の要職に就けることでした。




とにかく、暗躍した連中はみな大出世しており、我が世の春を謳歌しました。
世はすっかり世祖の天下になってしまいましたが、彼にこびへつらう人間ばかりではありません。
「やっぱりおかしい。叔父が甥から王座を奪ってはいけない」
そう憤怒する人々がいて、世宗がハングルを創製するときに貢献した成三問(ソン・サムムン)の元に忠臣たちが集まりました。
みんな優秀な高官や学者です。彼らは、王座を奪われた端宗をもう一度王に戻そうと復位運動を起こします。
ちなみに、成三問という名前の由来は、彼が生まれるときに天から「もう生まれるか?」という問い合わせが3回あったからと言われています。
(ページ3に続く)

王の座を奪った世祖(セジョ)はどんな人生を歩んだのか

世宗(セジョン)の願いをふみにじった世祖(セジョ)の王位強奪!

首陽大君(スヤンデグン)は強い野心で世祖(セジョ)になった!

王朝の危機に手を結んだ貞熹(チョンヒ)王后と韓明澮(ハン・ミョンフェ)!

『王女の男』の史実解説!非道な世祖(セジョ)と悲劇の端宗(タンジョン)




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