中宗(チュンジョン)と王妃の「チマ岩の伝説」

 

韓国にもさまざまな伝説が残されている。その中でも、朝鮮王朝時代から今も語り継がれる美しい伝説がある。それは、政略的に廃妃(ペビ)にされた妻が、夫である王に捧げた愛だ。その名も「チマ岩の伝説」と呼ばれている。

中宗が上がった高い建物は慶会楼(キョンフェル)と言われている

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仲睦まじい夫婦

時代は、10代王・燕山君(ヨンサングン)の暴政が官僚たちのクーデターによって終結し、11代王・中宗(チュンジョン)に変わったとき。中宗は、自らの意思ではなく官僚たちによって王に祭り上げられた。そのため彼は、高官たちが強行する様々な政策を抑制できなかった。
中宗の正妻は端敬(タンギョン)王后だった。「仲睦まじい夫婦」として王宮でも評判だった。




ところが、端敬王后の父が燕山君の側近だったため、高官たちは中宗に王妃と離縁するよう迫ったのである。
(ページ2に続く)

中宗(チュンジョン)の正体!嫌々王になって最後まで影が薄かった

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中宗(チュンジョン)が端敬(タンギョン)王后を離縁した理由は?



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