19代王・粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝国王列伝19

 

生没年/1661年~1720年
在位/1674年~1720年

18代王・顕宗(ヒョンジョン)が亡くなると、彼の長男が13歳で19代王・粛宗(スクチョン)として即位した。粛宗は父の顕宗によって6歳の頃に次の王として指名され、徹底的な帝王学を叩きこまれていた。

粛宗が行なった政治改革

幼い粛宗を補佐するという大義名分を得た奸臣たちは、己の利権の確保に奔走し、派閥争いは激化の一途をたどった。
成人して親政を始めた粛宗は、王権の確立のために徹底的な政治改革を行なった。まず、粛宗は庶民の生活を安定させるため、農地の整備に力を注いだ。
さらに、新たな貨幣を作らせ、経済の発展を促した。粛宗のこうした政治は、朝鮮王朝の弱体化した国力を大きく成長させた。
粛宗は、今度は国境に次々と防衛拠点を建設し、外部からの侵略を許さなかった。国内は安定し、文化や暮らしが向上した。




名君として手腕を振るう粛宗。しかし、私生活では様々な女性問題を引き起こしていた。粛宗は「朝鮮王朝三大悪女」の1人に数えられる張禧嬪(チャン・ヒビン)を側室に迎えていた。
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