『七日の王妃』では燕山君(ヨンサングン)と晋城大君(チンソンデグン/後の中宗〔チュンジョン〕)が異母兄弟として対立する。その間で苦悩するのが端敬(タンギョン)王后だ。この3人の関係は?
12歳離れた異母兄弟
10代王の燕山君は、9代王・成宗(ソンジョン)と正室だった尹(ユン)氏との間に1476年に生まれた。しかし、尹氏が成宗の顔をひっかいて廃妃になり、ついには死罪で絶命した。
成宗が尹氏を廃妃にした後に正室に迎え入れたのが貞顕(チョンヒョン)王后で、彼女は1488年に晋城大君(チンソンデグン)を産んだ。
つまり、燕山君と晋城大君は12歳離れた異母兄弟なのだ。
以下は史実での話だ。
性格が粗暴であった燕山君は、晋城大君を徹底的にいじめ抜いた。それゆえ、晋城大君は兄に対して恐怖すら感じていた。
1506年、燕山君を追放しようとしてクーデターを起こした高官たちは、最初に晋城大君の屋敷を訪れた。燕山君の後に即位してもらうためである。
しかし、多くの兵士が屋敷に向かってくるのを見た晋城大君は、「兄が自分を殺しに来た」と錯覚してしまった。
絶望した晋城大君は自害しようとしたが、それを必死に止めたのが妻であった。いわば、晋城大君は妻の必死の制止によって生き延びたのである。
晋城大君は、燕山君が廃位になった後に中宗として即位した。必然的に、妻は端敬王后という王妃になった。
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