現実を認めない奇皇后
機先を制された奇轍は、反乱の汚名を着せられて絶命した。
奇皇后は激怒した。
彼女は大軍を組織して高麗王朝を攻めた。
だが、元の軍隊の弱体化を奇皇后は予想していなかった。奇皇后が送った軍は、恭愍王が指揮する高麗軍にあっさり負けてしまった。
もはや高麗王朝ですっかり影響力を失った奇皇后。それなのに、彼女はそのことを認めなかった。
奇皇后は元の皇帝のトゴン・テムルに強要して、我が子のアユルシリダラを皇帝に就けようとした。
トゴン・テムルは奇皇后を寵愛していたが、さすがに譲位を強く拒んだ。
こうした混乱の中で、元の朝廷も内紛状態に陥ってしまった。
1364年には奇皇后に歯向かう勢力がクーデターを起こし、首都が占領されて奇皇后も捕虜となった。
このときは穏健派の調停によって、奇皇后もようやく解放されたが、権力の凋落は明らかだった。(ページ3に続く)