〔解説〕世子嬪(セジャビン)という人生/イ・ヨン(孝明世子)の世子嬪は?

『雲が描いた月明り』についても紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社発行)

女性最高のエリートコースとは?

嬪宮には、内侍府(ネシブ/内官は去勢された男子)から内官が8人ほど来て門番から雑役までこなしてくれたし、その他に多くの女官も働いていた。
世子嬪が宮中で問題を起こさずにいれば、世子が王になった時点で世子嬪は王妃になっていった。
さらに、王が亡くなって息子が即位すれば、自分は大妃(テビ)となる。




つまり、世子嬪→王妃→大妃と移っていくことが、朝鮮王朝では女性最高のエリートコースといえる。
ただし、このエリートコースを歩んだ女性は朝鮮王朝ではたった1人しかいない。それは、18代王・顕宗(ヒョンジョン)の正室だった明聖(ミョンソン)王后だ。つまり、女性最高のエリートコースは、それほど至難の業(わざ)であったのだ。
ちなみに、『雲が描いた月明り』の主人公になっていたイ・ヨン(孝明世子〔ヒョミョンセジャ〕)の妻となった世子嬪は、当時の高級官僚であった趙萬永(チョ・マニョン)の娘だった。
彼女は夫である孝明世子が王になる前に亡くなったので、結局は実生活のうえで王妃になることができなかった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)
記事提供:「朝鮮王朝オッテヨ」http://otteyo.com/

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