数々の悲劇に耐えた貞明公主!

 

貞明(チョンミョン)公主は、韓国時代劇『華政(ファジョン)』に主人公として登場しているが、実際にもドラマのような波瀾万丈の日々を過ごした。数々の悲劇に耐えた女性だったのである。

写真=韓国MBC『華政』公式サイトより

洪柱元との結婚

貞明公主は1603年に生まれた。父親は14代王・宣祖(ソンジョ)で、母親は仁穆(インモク)王后である。
朝鮮王朝の王女には「10代なかばまでに名家の御曹司と結婚して、王宮の外で静かに暮らす」という決まりがあった。しかし、貞明公主は10代のときに、15代王の光海君(クァンヘグン)によって、母親の仁穆王后と一緒に幽閉されていたために結婚することができなかった。
その後、1623年に16代王・仁祖(インジョ)がクーデターで光海君を追放したことにより、貞明公主と仁穆王后は幽閉を解かれたが、このとき貞明公主は20歳になっていた。娘である貞明公主の婚期がだいぶ遅れてしまったことに焦りを感じた仁穆王后は、慌てて婿を探し始めた。
その結果、貞明公主は高官の息子で3歳年下の洪柱元(ホン・ジュウォン)と結婚することができた。




朝鮮王朝時代の結婚式では、新郎が馬に乗って新婦の家に駆けつけるという習慣があり、洪柱元も当然ながら馬に乗って王宮に向かった。しかし、その際に使われた馬は、なんと御乗馬(オスンマ)という国王が乗る馬だった。
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