張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!ドラマと史実はどう違うのか

不可解な行動

次代の王の母を罪人として処刑することは、未来に禍根を残すおそれがあった。
臣下たちの主張はもっともだったが、粛宗はそれ以上に張禧嬪への怒りを抑えきれず、処罰を決定した。
張禧嬪の処罰は、仁顕王后の死から2カ月という早さで行なわれた。その壮絶な最期は、時代劇『トンイ』でも、重要な場面として描かれているが、史実とは大きな違いがある。まずは、史実を見てみよう。




死罪が決まった張禧嬪は、粛宗に「せめて息子に会わせてください」と懇願する。
粛宗はその願いを最初は受け入れなかったが、懇願する張禧嬪を不憫に思い、面会を許した。
母子の別れ。誰もが涙を流して抱き合う姿を想像していた。
しかし、張禧嬪は何を思ったのか、息子の下腹部(膀胱の位置)を思い切り握りしめて離さなかった。
13歳だった息子はあまりの衝撃に失神してしまった。(ページ3に続く)

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