中宗(チョンジョン)が嫌々ながら即位した日!

 

中宗(チョンジョン)は9代王・成宗(ソンジョン)の息子で王子時代は晋城大君(チンソンデグン)と呼ばれた。異母兄は燕山君(ヨンサングン)。暴君と称された兄から執拗にいじめられた。

中宗について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社発行)




周囲のお膳立て

燕山君(ヨンサングン)を廃位にするためのクーデターに成功した官僚たちは、燕山君の異母弟の晋城大君(チンソンデグン)を次の国王として擁立しようとした。
しかし、当の晋城大君が拒んだ。
彼は言った。
「このような行動を起こすことは当然だが、私は実に不徳が多い人間である。私に務まるとは、どうしても思えないのだ」
優柔不断な晋城大君に対して、クーデター派は辛抱強く説得を続けた。
晋城大君が即位を受諾してくれなければ、クーデターそのものの正当性が揺らいでしまう。
晋城大君もついに拒絶が不可能ということを悟り、最後になって即位を了承した。これによって、クーデターは完全なる成功で終わった。
晋城大君は嫌々だったが、すでに自分の意思ではどうすることもできず、周囲にお膳立てをしてもらったうえで王宮に入った。
高官が正殿の前に集まって整列すると、晋城大君の母によって教旨が発布された。




「わが国家は徳を積むこと100年、深く厚い恩恵が民心を満足させ、万世にわたって繁栄する礎を築いた。しかし、不幸にも今は王が守るべき道理を著しく逸脱し、民が貧困に窮した。臣たちもみな朝廷を大事に思い、廃位を望んでいる。また、晋城大君は仁徳があり、民心も彼の即位を望んでいる。これによって朝廷が危機から脱して安定を取り戻すのだ。これよりうれしいことが他にあるだろうか」
高官はひれ伏して教旨を聞き、誰もが喜びの表情を浮かべた。
(ページ2に続く)

『七日の王妃』で対立!燕山君(ヨンサングン)と晋城大君(チンソンデグン)

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