タグ:朝鮮王朝
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李成桂(イ・ソンゲ)が太祖(テジョ)として即位!/朝鮮王朝歴史全集1
朝鮮王朝は1392年に建国されました。初代王・太祖(テジョ)となったのが李成桂(イ・ソンゲ)です。彼は、高麗王朝の武将でしたが、最高実力者となって高麗王を追放して自ら新しい王朝を開きました。 […詳細を見る -
光海君(クァンヘグン)の妻と息子夫婦は悲惨な最期を遂げた!
1623年にクーデターで王宮を追われた光海君(クァンヘグン)。廃位になってしまった彼は、妻や息子夫婦と一緒に江華島(カンファド)に流罪となった。その後、妻と息子夫婦はどうなったのだろうか。 [c…詳細を見る -
光海君(クァンヘグン)の妻だった廃妃・柳氏(ユシ)/朝鮮王朝廃妃(ペビ)列伝2
14代王の宣祖(ソンジョ)は、正妻の懿仁(ウィイン)王后が1600年に亡くなると、2年後には50歳ながら18歳の仁穆(インモク)王后を次の王妃に迎えた。そのとき、宣祖の二男の光海君(クァンヘグン)に嫁…詳細を見る -
中宗(チョンジョン)が嫌々ながら即位した日!
中宗(チョンジョン)は9代王・成宗(ソンジョン)の息子で王子時代は晋城大君(チンソンデグン)と呼ばれた。異母兄は燕山君(ヨンサングン)。暴君と称された兄から執拗にいじめられた。 …詳細を見る -
庶民から怨まれた14代王・宣祖(ソンジョ)はどんな人生を歩んだのか
1552年に11代王・中宗(チュンジョン)の孫として生まれた宣祖(ソンジョ)。しかし、彼は側室から生まれた息子なので本来なら王になれるはずがなかった。なぜ彼は王として即位することができたのだろうか。 …詳細を見る -
朝鮮王朝の基盤を整えた3代王・太宗(テジョン)
朝鮮王朝の3代王である太宗(テジョン)は朝鮮王朝の基盤を整備したことで知られる王だが、彼は王になる過程で骨肉の争いを起こしている。いったい、なぜそんな骨肉の争いが起きたのだろうか。 &n…詳細を見る -
明宗(ミョンジョン)は母の文定(ムンジョン)王后の悪政に苦しめられた
1545年、12代王・仁宗(インジョン)が亡くなり、異母弟の明宗(ミョンジョン)が即位した。彼の母は、中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった文定(ムンジョン)王后である。彼女が行なった悪政は息子の明…詳細を見る -
王の座を奪った世祖(セジョ)はどんな人生を歩んだのか
王になることに大変執着していた首陽大君(スヤンデグン)は、1455年に7代王・世祖(セジョ)となったが、その過程で甥から王の座を奪う事件を起こしている。果たして、彼はどんな王だったのか。 [ca…詳細を見る -
燕山君(ヨンサングン)の母は死罪になった/朝鮮王朝廃妃(ペビ)列伝1
朝鮮王朝時代は一夫一婦制であり、国王もその制度をしっかり守っていた。つまり、在位中には正室が1人しかいなかった。その正室の中で、廃妃(ペビ)になった女性が何人もいる。特に、朝鮮王朝の歴史の中で一番最初…詳細を見る -
息子の文宗(ムンジョン)を案じて世を去った世宗(セジョン)!
1418年に王位に就いた4代王・世宗(セジョン)は、民族独自の文字である訓民正音(フンミンジョンウム/後のハングル)を完成させた名君だ。彼は32年もの長い間、朝鮮王朝の王として手腕を振るった。 …詳細を見る