奇皇后に象徴される貢女(コンニョ)とは何か?

貢女の数が絶対的に不足

元の貢女要求は記録に残っているだけでも50回以上もあり、元の皇族や貴族が個人的に要求することも多かった。
元は遊牧民の国家だが、遊牧民は同族婚を嫌っていて、自分の部族の外から妻を得る風習があった。
その結果、元の皇室や貴族の妻となる女性の数が不足がちとなった。
また、広大な領土を手にする過程で増大した軍人たちの結婚のためにも、女性が多く必要だった。
しかし、高麗王朝は困り果てた。




娘を貢女にさせまいと早婚の風習ができるほどだった。
それでも、元には逆らえない。
「貢女を出す家には十分な報酬を出す」
高麗王朝は報酬を用意して必死に女性を集めようとした。しかし、貢女の数は絶対的に少なかった。
やがて高麗王朝は、罪人や奴婢の妻や娘たちを強制的に集め始めた。それによって、数の上ではなんとか元の要求に従えるようになった。(ページ3に続く)

奇皇后は果たして何をしたのか?

〔特集〕奇皇后の生涯!高麗王朝の怪女(前編)

〔特集〕奇皇后の生涯!高麗王朝の怪女(中編)

〔特集〕奇皇后の生涯!高麗王朝の怪女(後編)



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